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創立者聖マリ・ウージェニーは、
2007年6月3日ローマバチカンサン・ピエトロ大聖堂にて
「聖人」の列に加えられました。
聖母被昇天修道会の創立者聖マリ・ウージェニーは、1817年8月25日にフランスのメッツで生まれました。ブルジョア階級の生まれで、父親は事業を営み、大きな屋敷と大きな庭に囲まれて、二人の兄と弟妹が一人ずつおられましたが、妹は生まれて11ヶ月で亡くなっています。母親は宗教に関心がなかったにも関わらず、思いやりのある善人で、まだ幼いウージェニーを連れて貧しい人々を訪問したりしていました。その影響で、ウージェニーは、自然に貧しい人々を大切にする思いやりの深い娘に成長しました。
ウージェニーは、時々父親の書斎に入っては数多くの書物を読み、ドイツ語の本も多く読みました。彼女は、その中でも特にドイツのロマン主義文学を好んで読みました。ウージェニーはまた好奇心が旺盛で、父親の友人が客間に座り、政治の話やビジネスの話をするのを子供のころから興味深く耳を傾けていたような少女で、おませなところもあったようです。
ウージェニーは、12歳でキリストの体である聖体を初めていただく恵みを受けました。そして、14歳から18歳の間に大変な境遇の変化にあいました。すなわち、家庭が崩壊し、財産を失い、母親まで失ってしまいました。このことは彼女の性格形成に多いに影響したようで、その後青年期には多くの疑問に苦しみ、特に孤独にさいなまれました。彼女は、とても内省的で感受性が鋭く繊細で非常に人々の気持ちに敏感でした。内面的生活でも社会的生活でも孤独で、何ごとにも独りでたえるような、そんな少女でした。多くの若者がそうであるように、派手に振る舞いながらも心の奥底では絶対的な真理をいつも求めている、そのような少女でした。
また彼女はユーモアと幾知に富んでいて、すぐに人々を虜にしてしまうそんな魅力をもった方でもありました。そして、一度やると決心したことはどんな困難があっても最後までやり遂げる強い意志と情熱とを兼ね備えている方でもありました。だからこそ、今日の聖母被昇天修道会をつくることができたのです。
聖母被昇天学院の母体である「聖母被昇天修道会」は、フランスのパリに本部を置き、現在その姉妹校や教育団体は、世界の34カ国に行きわたっています。
第二次世界大戦中、フィリピンを訪れた大阪の田口枢機卿様は、日本軍の占領によってこの国にもたらされている苦難にもかかわらず、聖母被昇天修道会のシスターや生徒たちの、自分への温かい歓迎にとても心を動かされました。田口枢機卿様は、日本にも聖母被昇天の学校を建てることを熱望したのです。聖母被昇天修道会のシスターたちは、愛と喜びの心を持って、日本にも同じ理念を持つ学校を建てることに力を尽くしてくださいました。
スペイン、イタリア、フランス、フィリピンから5人のシスターが日本を訪れたのは、1952年4月のことでした。彼女たちは、大阪・豊中カトリック教会の司教館に居を定め、国際色豊かなコミュニティによって、学校設立の準備を始めました。そして、翌年1953年、活動の場を箕面に移し、聖母被昇天学院を設立しました。用地の調達や、校舎の建設などにかかる莫大な費用は、フィリピンの聖母被昇天からの資金でまかなわれました。当時、戦争によってほとんどの建物が被害を受けていたフィリピンの聖母被昇天は、それらが被災したことで受け取った賠償金のすべてを、日本の学院の建設のために寄付してくれたのです。
「誠実・隣人愛・喜び」をモットーに、キリスト教的な精神に根ざした教育を行い、創立者の求めた「人間を大切にする社会を築く、豊かな人格を持った女性の育成」を目指した教育の場として、現在に及んでいます。